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黒猫のマー


 僕が生まれたのはいつだったかはっきり覚えてない。兄弟姉妹もいたはずだが、一匹二匹と器量と毛艶の良い兄弟から貰われていったようだ。残された僕と妹が、飼い主一家の元に残されたのさ。おかげでしばらくは、母さんと一緒に過ごせたけど、それも束の間。或る朝、籠に入れられ見知らぬ人間たちの前に連れて行かれた。
「やあ奥さん。この猫が昨日おっしゃってた猫ですね」男が僕の飼い主に声をかけてきた。
「ええ、どういう訳かこの子だけが見ての通りの灰色で、薄汚れて見えるものですから、誰も貰い手がなくて」奥さんが言った。
「ほかの子猫は違うんですか?」
「はい、ほかの子は真っ白かったり、白黒のぶちで、綺麗な毛並みなんですよ」
「へえ〜、突然変異ですかね。でも、よく見れば可愛い顔してますよ」
「そうなんですけど。もう一匹、メス猫がおりますから、誰か貰って可愛がってくださる方がいらしたらと思いまして」
「そうですね。じゃあお預かりします。この里親募集の申し込み用紙に記入しておいて下さい。猫をケージの中に入れてきますから」男はそう云って僕が入ってりる籠を下げて、町のイベント会場に設置されたケージに連れて行ったんだ。

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テーマ : 児童文学・童話・絵本
ジャンル : 小説・文学

ノーモア(十)

 ジェシカ、それから僕たちは茫然と暗闇の中で過ごした。重傷を負った二人の呻き声しか聞こえない絶望の闇の中で。
 この時、僕は何を考えていたのだろう。何も考えていなかったように思う。全ての感情が消え、時間も止まってしまったようだった。

「非道い地震だったな」弘がようやく口を開いた。
「ああ」謙一が答える。
「外はどうなっているのかしら」やや間があって小野夫人が言った。
「外も相当な被害に会っただろうな。多分、俺たちの事など構ってはいられないのだ」弘が言う。
 昼の差し入れの時刻がとうに過ぎていたが、誰一人来る気配はなかった。時折、土砂が崩れる音が聞こえてくるだけだった。
「なんとかしないとお父さん達が」由美がポツリと言う。
「そうだな。クソッ!」弘は手にしていた石を思い切り闇の奥へ投げつけた。

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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

甦る人々(五)

八 吉原の真実
 その夜、おかつの心配は杞憂に終わった。
こうして、おかつも給仕をしながら話の輪に加わり、麿たちは適度に酒を飲み、飯を食いながら小角の話しに耳を傾けていた。おかつが加わったことで、女ならではの興味も添えられ、小角の紡ぎだす物語は一層彼らの興味を引いていく。
「ふむ、なかなか深い話ですね。吉原の成り立ちというのは」
「さすが『おやじ』と呼ばれ慕われたお人だ、甚右衛門殿というお方は。単なる色里を作った好き者の商売人ではなかったって訳ですね。てっきり郭ってものは、男のための世界かと思っていましたが」
「八兵衛の言う通り、世の人間はみな男の遊ぶ世界かと思っておりましたが、虐げられたおなごたちを守るとともに、過去を消して再び世に送り出すからくりを創り出したという訳だ」麿が頷いて同意した。
「おやまあ、それじゃここの御所さんの逆さまじゃありませんか。縁を切って、辱められた女を守る所があれば、生まれながらに親の縁が無かったおなごを、再び世に送り出すんですもの」
「そうだな。世の中の悪い縁を切らなければ、更に不幸になる女子を救うのがここの御所だが、謂われない差別で苦しむ女子を救い、世との縁を取り戻す場所が吉原なのだ」しみじみ麿は世の中の不条理に思いを巡らし、ため息をついた。それからしばし、四人は黙って箸を進めていた。夜更けて道を行く者も無いのか、虫の声が間断なく続いている。その沈黙を破ったのはおかつだった。

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ノーモア(九)

「こんな事ではないかと思っていたよ」その男は入って来るなりそう言って、うろたえた様子はなかった。
「こんな事じゃないかですって?」謙一が驚いて聞き返した。
「ええ、私は領事館の角田と言います。太平洋商事から社員が二名行方不明になったので調べてほしいと要請が有り、太平洋商事の事務所があるこの町にやって来たのです」
「それでは、助けに来たのですね?」彼らは一様に瞳を輝かせた。
「私が太平洋商事の高木です。そして、こちらにいるのが村松……村松さん!村松さん!」高木が叫ぶ。村松は毛布にくるまって唸っていた。全員が村松を取り囲んだ。
「ひどい熱だ」小野が村松の額に手を当てて言った。
「…もうダメだ。…あんたは誰だね」村松は目の前にある小野の顔を見てうわごとのように呟いた。
「村松さん、しっかりして下さい。小野です、分りますか?」小野はさらに毛布を掛けて、彼をしっかりとくるんだ。
「なあ謙一、俺が乱暴し過ぎたせいかな?」弘が悄然と言う。
「いや違うさ、お前のせいじゃない。こんな生活に耐えられず、精神的に消耗したんだ」謙一が弘をなだめるように言った。

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ノーモア(八)

 ランプが横穴に入ると、ほとんど光が無くなり、辺りは真っ暗闇になった。由美と小野夫人、それに高木の三人は、不安な面持ちで明りが戻るのを待った。
「きゃーッ!」その時、突然由美が叫ぶ。全員、腰を浮かせて口々に「どうした」と声を掛ける。小野も慌てて奥から戻り、由美の肩を抱いて震える娘を勇気づけた。
「いや失敬、つい由美さんの背中に触ってしまったので」村松が小さくなって言った。
「なんだと、このスケベ爺い!」弘が村松に詰め寄る。
「いや、違うんだ。毛布を取ろうとして手を伸ばしたら、そうなんだ、そうしたら由美さんの背中が有って」
「ごまかすなよ、この野郎!」弘が立ち上がって叫んだ。
「待て、弘!乱暴はよせ!」謙一は村松につかみかかろうとする弘を制した。
「本当だ、信じてくれ。故意に触った訳じゃない」村松が必死に弁解した。
「そうです、弘さん。一人だけ楽をして毛布の上に座っていた由美がいけなかったのですよ」夫人が村松を弁護した。
「それにしても人騒がせなおっさんだぜ」弘が吐き捨てるように言った。
 村松は渋い顔で弘を見た。

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